【第3回】 いきなり狭くなってしまう!『濹東綺譚』の頃からあった広い道路の謎とは?

今日は、浅草雷門まで行ってからバスに乗って向島方面を目指してみます。出発したバスは、吾妻橋を渡り本所吾妻橋駅の交差点を左折して源森橋を渡ると、しばらくして国道6号線(水戸街道)に合流しました。

まずは「小梅あたり」のバナナスイーツ専門店へ

永井荷風さんの随筆『寺じまの記』には、代表作『濹東綺譚』の舞台である玉の井(現・東向島)にバスに乗って通っていた頃のエピソードが書かれています。

同じようなバスルートをたどって荷風さんのお出掛け気分をちょっとだけ追体験できたので、途中で降りてお目当ての店に向かいます。

この辺は、『寺じまの記』で「小梅あたり」と地名の出ていた一角。元々「小梅村」で、きっと梅の名所だったのでしょう。バス停からしばらく歩いて着いたのは、「バナナファクトリー」。閑静な一角にあるバナナスイーツ専門店です。

お店が入る建物の2階以上は住宅で、その入口の建物名板には「KOHME PLACE」の文字が。「KOHME = 小梅」ですよね、きっと。

住所や地名としては60年近くも以前になくなったけれど、長く親しまれた「小梅」は小学校、橋、町内会、そのほかの名前にまだまだ残っているようです。

バナナファクトリー

「バナナファクトリー」外観。お客さんで賑わっています。写真にある木製の外装装飾を良く見ると、右上のレリーフと左下のイラストはどちらもマスコットキャラクターのゴリラです。オーナーの市村さんにそっくり(?)という噂もあるようです。

お店に入ると、冷蔵ケースや陳列棚に並ぶのはバナナスイーツ尽くしです。大学の友人同士だった男性2人がオーナーとシェフパティシィエをつとめていて、開店から5年が経ちました。

外装と同じく店内も木調で、清潔感があります。

バナナファクトリー

バナナのスイーツのオンパレード。どれを選ぶか目移りがしてしまい、決めるのが大変です!

バナナファクトリー

かなり迷いましたが、バナナジュース(480円)とバナナショートケーキ(520円)をいただきました。バナナジュースは、注文を受けてからじっくりと手作り。とても濃厚な味わいでした。

風変わりな「小梅通り」とは、どんなところ?

バナナに幸せをもらって、大満足。次に向かったのは、近くにある不思議な通りです。その名前は、地元らしさを感じさせる「小梅通り」。

かなり広い通りですが、実は1930年頃には完成しています。永井荷風さんが『寺じまの記』や『濹東綺譚』を書いたのは1936年ですから、その頃にはこんな立派な道路が既にあったのですね。

小梅通りの位置図

小梅通りの位置図です。曳舟川通りの北側50mくらいの場所をほぼ並行して走っています。

不思議なのは、この通りの北東側の終点あたりの風景です。広かった通りが突然、行き止まりに近いくらい狭くなっているのです。次の写真を見てください。

小梅通りの北東側終点の少し手前

小梅通りの北東側終点の少し手前です。右側対向車線の奥は、建物(居酒屋)で行き止まりとなっているかのように見えます。

実は、かつての2つの区の痕跡が感じられるところでした

墨田区は、以前は「本所区」と「向島区」に分かれていました。両区が合併して今の墨田区となったのは1947年のこと。小梅通りの道幅の不思議な状況は、どうやらこうした経緯が絡んでいるようです。

梅通りの北東側終点付近

小梅通りの北東側終点付近の状況です。実は、横断歩道のあたりから下側が旧・本所区、上側が旧・向島区という、昔の区の境界エリアなのです。

いろいろ調べてみると、地元の町内会「押上一丁目仲町会」のホームページの中に「小梅通りの怪」という記事があり、とても参考になることが掲載されていました。要点は、こんな内容です。

(1)この道路は、1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災の復興事業として計画され、1930(昭和5)年頃までには完成している。
(2)但し、整備されたのは当時の本所区エリア内だけ(花風注:北東側に隣接する向島区側には現在の細い道路すら当初はなかったようです)。向島区への延長計画は、日中戦争や太平洋戦争で中断した。
(3)戦後、曳舟川を埋め立てて幅広い「曳舟川通り」が整備されたので、同じようなエリアを平行して走る小梅通りをさらに延長する必要性がなくなってしまった。そのため、現在の「行き止まり」のような状態になっている。

[参考資料]
押上一丁目仲町会ホームページ内「地域の歴史探訪」~「24.小梅通りの怪」
https://www.oshinaka.com/1251.html#content_1_0

私たちの住む墨田区は、実はかつての2つの区が合併して誕生したのですね。荷風さんが乗ったバスルートでは、この小梅通りは通らない。でも、その当時からこんなに広い道路だったこと。そして突然狭くなっているところが、2つの区の境界だったことを初めて知って、ちょっとトクした気分になりました。

かつての境界をたどっていった先は北十間川。今宵のお店は・・・

折角なので、かつての2つの区の境界あたりをたどって、南側にそぞろ歩きをしました。東武や京成の線路を越えて進むと、十間橋の手前でかつての境界は北十間川に合流していました。

かなり歩いたのでもう夕暮れ時。今日は、これから一人酒を楽しみたいと思います。向かったのは、すぐ近くの「酒庵 酔香」。品揃えが豊富な日本酒バーです。

酒庵 酔香

「酒庵 酔香」外観。十間橋通りに面しているけれど、隠れ家のような雰囲気があります。カウンター席だけで席数も多くないので、事前に電話予約することがおススメです。

酒庵 酔香

店内も昭和レトロの渋い雰囲気。実は、酒屋だった古い建物を活かした店舗で、壁一面の一升瓶の棚も酒屋時代のものを活用しているそうです。日本酒の品揃えは、何と約300種類! バナナのスイーツに続いて、こちらでもどれを選ぶか迷ってしまいそう。

店のこだわりやウンチクの一端をご紹介します

ご店主の菅原さん、実は大手出版会社のご出身。50歳で脱サラし奥さまと2人でこの店を開いて、はや12年半。サラリーマン時代に有名なレストラン雑誌の編集長をつとめていた経験や知識などから、小粒でも中身の濃いこだわりの日本酒バーを作り上げたようです。

こだわりは、お通しにも表れています。値段は1100円と少し高めですが、いかにもお酒が進みそうな料理が6種類も。少しずつキレイに盛られたプレートで提供されます。

お通しのプレート

この日のお通しのプレートです。下の段の中央は、ポテトサラダにいぶりがっこ(大根の漬物の燻製)を刻んだものが合わされていて、絶妙な食感を楽しめます。いぶりがっこは、ご店主の故郷・秋田県の名物です。

さてお酒は、もちろん日本酒をいただきました。

紫宙

ご店主おススメの1つがこの「紫宙(しそら)」。蔵元は岩手県の盛岡と花巻の中間あたりにあります。日本酒作りの職人集団・杜氏(とうじ)にもいろいろな流派があるようですが、こちらエリアの「南部杜氏」では珍しい女性杜氏が担当しているお酒だそうです。ご店主のウンチクを聞いているだけでも勉強になります。

写真のグラスの量は半合(90ml=1合180mlの半分)で、このお店の日本酒は半合400円での提供が原則になっています(量と値段に例外のものもあり)。

日本酒の品揃えに自信があって、できるだけいろいろな種類をお客さんに味わって楽しんでほしいから。そんな心意気が感じられました。

おつまみを少しだけ追加しながら、日本酒を何杯か味わえて大満足でした。

川の夜風と東京スカイツリーの夜景が、今宵のフィナーレ

さて、すぐ近くの十間橋に立ち寄って、川の夜風に少し当たって酔い覚ましをしてから帰宅することにしましょう。

十間橋から眺めた東京スカイツリー

十間橋から眺めた東京スカイツリーの夜景。ここは、川面に映る「逆さスカイツリー」の名所でもあるのです。

花風

今日のさんぽ を振り返って

永井荷風さんがすみだの地をちょくちょく訪れていた頃からあった広い道路。その端っこの不思議な光景から、私たちの墨田区の古い歴史の一端を学ぶ機会となりました。

そして、バナナと日本酒、それぞれ一点を極めようとしている。そんないさぎよさが感じられる小さなお店たちと出会うこともできて、とても充実した休日でした。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
Banana Factory(バナナファクトリー)
東京都墨田区向島3-34-17 大橋ビル1F
TEL:03-6240-4163
営業時間:11:00〜19:00
定休日:火曜・水曜

酒庵 酔香
東京都墨田区押上1-51-6
TEL:03-6657-0140
営業時間:(水曜〜金曜)17:00〜22:00(L.O21:00)、(土曜・日曜・祝日)15:00〜21:00(L.O20:00)
定休日:月曜・火曜