【第11回】あのブランドのルーツは「水没した鐘」?! すみだ北端の地の大きな移り変わりとは。

墨田区の北端(墨田5丁目や堤通2丁目)は、隅田川や荒川などに沿ったエリアです。かつての地名「鐘ヶ淵」(かねがふち)は、今では駅や交差点(鐘ヶ淵陸橋)などに残るくらい。このすみだの地と、明治期に誕生した有名な企業グループとの縁を辿ってみましょう。

その由来は、隅田川の流れが大きく曲がっていたから

「鐘ヶ淵」の地名の由来ですが、近くの寺院が移転する際、鐘を船に載せて隅田川を渡ろうとした。ところが、急な流れ(後述)のために鐘は船から水中に落ちて沈んでしまった。そのため、付近を「鐘ヶ淵」と呼ぶようになった。こうした言い伝えがあるようです。

もう1つ。隅田川の流れは、この辺りで東向きから南向きへ直角のように大きく急に曲がっています。その姿が、大工道具の「曲尺」(かねじゃく)、「指矩」(さしがね)に似ているため、「かねが淵」になったとの説もあるようです。

写真の正面が鐘ヶ淵のエリア

▲写真の正面が鐘ヶ淵のエリア。隅田川の左岸(写真左側)の流れを下から上に追ってみてください。東に向かっていた流れがこの先で、東京スカイツリーの見える南側に大きく屈曲しています。

まずは「すみだ で1番」がダブルのお寺へ

そんなエリアに古くからあるのが「多聞寺」。墨田区で一番北側にあるお寺。そして山門は、墨田区で一番古い建造物なのです。

茅葺の山門

▲今では珍しい茅葺の山門は、江戸時代中期の建造。関東大震災や太平洋戦争の空襲も乗り越えた貴重な文化財です。

こちらは「隅田川七福神めぐり」(墨田区登録無形文化財)の北の起点で、毘沙門天が祀られています。また妖怪狸伝説が伝わり「狸塚」も残されていて、「たぬき寺」とも呼ばれています。

狸塚

▲「狸塚」の様子。境内には、あちこちに狸のオブジェが置かれています。

ここにも、懐かしい町並みが・・・

この連載【第8回】でさんぽした「京島地区」。古い建物や曲がりくねった路地などがまだまだ健在でした。多聞寺から鐘ヶ淵駅にかけてのこちらの地区でも、同じような光景が見られます。

長屋建物

▲細い路地や長屋建物が、場所によってまだ見られます。「京島地区」と同様に、太平洋戦争の空襲などの被害が、すみだの中でもかなり少なかったようです。

こぢんまりとした銭湯

▲駅に向かう小さな商店街から横道に入ると、こぢんまりとした銭湯が(開店後に撮影したもの)。まだまだ現役で活躍していて、いかにも〝地元に根ざした感〟が嬉しいですね。

商店街の中に、チェーン店らしいけれどレトロな雰囲気の喫茶店を発見。少し早めのおやつにしましょう。

カフェ コロラド 鐘ヶ淵店

▲「カフェ コロラド 鐘ヶ淵店」外観。ドトールコーヒーが展開するチェーン「カフェ コロラド」のブランドは50年以上の歴史があるようです。同じ会社の系列で「ドトールコーヒーショップ」や「エクセルシオール カフェ」は見かけることも多いですが、こちらはちょっと珍しいかも。

食事系メニュー

▲食事系メニューには、310円プラスでサラダと飲み物(コーヒーか紅茶)がつくタイムサービス(10時〜14時)が。小倉トースト(450円)にはホイップクリームも添えられ食欲をそそります。

店内も、昭和レトロの落ち着いた雰囲気。店員さんに聞くと、開店して40年くらいの古い歴史があるようでした。

かつて「ものづくりの すみだ」の拠点の1つでした

この地で明治期に誕生した有名な企業グループとは、「鐘淵紡績」(かねがふちぼうせき)です。その後、「鐘紡」→「カネボウ」と名称を変えていきました。「鐘」や「カネ」は、当地「鐘ヶ淵」にちなんでいるのです。

原材料や製品の運搬に川や運河が利用できて、消費地にも近い。また、製造工程で大量に必要な水を確保しやすい。明治維新後に工業化が進む社会の中で、そうした立地条件を満たしていたのが、すみだの地でした。

紡績、油脂、鉄鋼、皮革などの工場がすみだの各地に進出する中、墨堤の北端に続くのどかな農村等だった鐘ヶ淵にも、1889年春に近代的な洋式の大工場「鐘淵紡績所」がオープンしました。

地図

▲今の広大な「東白鬚アパート」や「東白鬚公園」の北側区域ほか、「墨堤通り」東西の大きなエリアに工場等の施設が建っていました。隅田川の急な曲がり具合は、どちらの地図でも同じです。

発祥の地

▲「カネボウ公園」の中に建てられた「発祥の地」石碑。最盛期の工場等エリアの北東の端っこあたりになります。

ここで、企業グループの鐘淵紡績(鐘紡、カネボウ)の歴史の概略は、次のような感じです。

「鐘淵紡績」の概略歴史

時期 出来事
1887年5月 三越、大丸、白木屋などの出資で設立された「東京綿商社」が鐘ヶ淵での工場設立の認可を受ける。
1889年春 鐘ヶ淵の新工場「鐘淵紡績所」が操業開始。
1893年11月 社名を「鐘淵紡績株式会社」に改称。(以下、各社名称に付く「株式会社」は記載省略)
1894年 「鐘」マークを商標登録。
1949年9月 非繊維部門が「鐘淵化学工業」として分離・独立。(その後、化粧品事業や石鹸・シャンプー事業を同社から買い戻し)
1969年 鐘ヶ淵・東京工場の操業を停止。敷地の一角に「鐘紡記念公園」(その後移転して現・カネボウ公園)が開設。東京工場敷地の大部分は、翌・1970年に東京都へ売却された。
1971年12月 社名を「鐘紡」に改称。
2001年1月 社名を「カネボウ」に改称。
2005年 経営不振のため東証1部等から上場廃止。
繊維事業が売却されセーレンの子会社となる。
2006年 化粧品事業が売却され花王の子会社となり、「カネボウ」商標を承継。
日用品・薬品・食品などの事業を分離。翌・2007年から商標を「クラシエ」に変更し、2009年にホーユーグループの子会社となる。
2007年6月 会社解散を決議。

▲もともとの企業グループ自体は、今はバラバラになってしまいました。

「還元型コエンザイムQ10(キューテン)」のカネカも、もとは同じルーツの「鐘淵化学工業」でした。カネボウの日用品・薬品・食品などの事業を引き継いだクラシエは、「ビゲンヘアカラー」のホーユーの傘下に。そしてカネボウ化粧品は、同じすみだの地で生まれた花王グループの一員となりました。一部とはいえ〝すみだ to すみだ〟は、地元的にはほっとできる流れかもしれません。

花王とカネボウ化粧品のコラボ

▲墨堤通りの東側には、花王とカネボウ化粧品のコラボを象徴するように施設が並びます。写真の右端の先には、「鐘紡」という名前のバス停が今も現役です(京成タウンバスが土曜・休日のみ運行しています)。

永井荷風さんの視点では?

ところで、明治期に建てられた初期の工場の様子は、こんな感じでした。

新撰東京名所図会

▲すみだ地域ブランド推進協議会のサイト「LEARN MORE「すみだモダン」をもっと知る」から引用(元出典は、『新撰東京名所図会』(東洋堂)の絵図)。

手前ののどかな様子と対岸の西洋式大工場がとても対照的。煙突から黒い煤煙が吐き出されています。

永井荷風さんの初期の小説『すみだ川』(1909年発表)には、「煤煙を吐く製造場の烟筒(けむだし=煙突)」という記述があります。おそらく、上記のような様子を描写したのでしょう。また、この小説が好評で第5版が発行される際(1913年)の序文では、こうした工場たちの煙突と煤煙のために、かつてはのどかで美しい流域だったことを忘れさせてしまう。そんな風に嘆いています。

こよなく愛した墨堤の風情、そして江戸時代から続く光景や風俗。それらが明治の近代化の流れの中でどんどん失われていく。荷風さんはそんな状況を残念がり、こうした流れを主導した薩長主体の政府に対しても批判的なスタンスでした。

日本の近代化や工業化の一端を担った当地も、今ではその面影はありません。隅田川沿いのエリアには、広大な公園・グラウンドや防災機能を備えた巨大高層住宅群が。もしも荷風さんが見たら、この変容ぶりをどう感じるのでしょうか・・・。

墨堤通り沿いにそびえる都営アパート群

▲墨堤通り沿いにそびえる都営アパート群。建物自体が、周辺の火災延焼を防ぐ「防火壁」のような役割。防災シャッター・避難用ゲート・散水用放水銃などの設備も設置されています。

鐘淵門

▲一番北側のゲートは「鐘淵門」。ベージュ色の門の上に、放水銃の姿も見えます。

さんぽの仕上げは、駅の近くで

今日もたくさん歩いたので、そろそろ夕食を兼ねて晩酌にしましょう。今宵は居酒屋「ひえき」へ。鐘ヶ淵駅西口を出てすぐ近くにあり、2022年1月にオープンしました。

ひえき

▲シックな外観。入口ドアの左側には、店名と爬虫類をモチーフにしたおしゃれな看板が見えます。

店内

▲シンプルで清潔感のある店内。椅子もおしゃれでゆったりとしています。

店名の「ひえき」、漢字で書いた場合は「避役」。ご店主の児玉さんが愛好する爬虫類・カメレオンのことで、古代中国の幻獣(カメレオンと同じように姿を消すことができる)の名にちなんでいるそうです。入口看板の爬虫類の意味がわかりました。

ホッピーセット

▲白か黒を選べる「ホッピーセット」(550円)は黒を。「ナカ」(中身の焼酎)を追加すれば、2〜3杯楽しむことができます。

ポテマカ2点盛り

▲「ポテマカ2点盛り」(500円)。ポテトとマカロニ2種類にレタスやニンジンも添えられたサラダです。ユーモラスな箸置きは、特撮ドラマ「ウルトラマン」シリーズに登場する怪獣「ダダ」のSDキャラ。ほかの席に置かれた箸置きも、同じシリーズの別の怪獣キャラなどでした。

串もの

▲「串もの」(各150円)は、トマト(左)・豚トロ(中)・ネギマ(右)をいただきました。どの串もボリュームたっぷり。お肉はシャキシャキとした口当たりでした。

もつ焼きが中心メニューの下町の駅前居酒屋。そう聞いて思い浮かぶイメージとは少々違い、シンプルで今風のおしゃれな雰囲気のお店です。下町でおなじみの「焼酎ハイボール」(400円)、「ガーリックトースト」(400円)を追加して、お腹も気分も大満足。まだ暮れきっていない中、お店を出ました。

花風

今日のさんぽ を振り返って

今日は、江戸時代中期に建てられた山門があるお寺、戦災などを乗り越えた古い路地や家並み、そして明治期に当地からスタートした歴史ある企業グループの足跡などを巡りました。長い時間軸の中で〝変わらずに残ったもの〟と〝大きく姿を変えたもの〟がとても対照的。そんなことが印象に残りました。

毎回のさんぽ で訪れているところも、10年後、いや5年後には、それぞれの姿や雰囲気がどう変わっているのでしょうか。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話確認してください。
カフェ コロラド 鐘ヶ淵店
東京都墨田区墨田5-43-9
TEL:03-3610-3643
営業時間:8:00〜21:00
定休日:木曜

ひえき
東京都墨田区墨田5-44-7
TEL:070-3271-6331
営業時間:17:00〜23:00
定休日:月曜

【参考】
多聞寺
東京都墨田区墨田5-31-13

カネボウ公園
東京都墨田区墨田5-17