【第10回】第一印象は「ちょっと狭いかも・・・」。では、実際の広さはどうだったの?

『忠臣蔵』をご存じでしょうか。非業の死を遂げた主君の仇討ちを家臣だった四十七士がしたという、江戸時代・元禄期のお話。その舞台となったのが、本所松坂町(現・両国3丁目ほか)の一角にあった吉良邸でした。さて、その現地にいってみると驚かされる大きなギャップとは?

公園になった〝事件現場〟へ

今日は、まず私のおウチ(東京スカイツリーの近くです)の近所へ立ち寄り。あるスポットをぐるっとひと回りしてから、目的地へ。そのワケは、のちほどご説明しますね。向かったのは「本所松坂町公園」(都指定旧跡 吉良邸跡)。JR両国駅から南方に少し歩いたところにあります。

吉良邸跡

▲公園には「吉良邸跡」のノボリが何本も立っています。なまこ壁に囲まれた外観に武家屋敷跡の雰囲気が感じられます。でも敷地面積は約98㎡。周囲の建物と比べても、今の敷地はあまり大きくないことが実感できますね。

公園内には、この地の由緒などを説明するパンフレットが置かれています。

パンフレット

▲パンフレットを見開くと、詳しい由緒などが解説されています。1934年に地元町内会の有志が呼び掛けて吉良邸跡地の一部を購入し東京市(当時)に寄付したことで、貴重な旧跡が維持されたようです。

なお『忠臣蔵』とは、歌舞伎等の演目『仮名手本忠臣蔵』(仮名と赤穂浪士がともに「四十七」であることをかけている)の通称。モチーフとされる、実際に起きた「赤穂事件」の概略経過は、次のとおりです。

「赤穂事件」の概略経過

年月日(旧暦表示) 出来事
1701年3月14日 赤穂藩主の浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が、江戸城内で吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)へ刃傷に及ぶ。
浅野内匠頭は即日切腹。浅野家は所領を没収されて改易。吉良上野介は一方的な被害者とされ、咎めなし。
1701年9月3日 吉良上野介が当地を幕府から拝領(神田・鍛冶橋から屋敷を移転)。
1702年12月14日 赤穂浪士たちが吉良邸に討ち入り、討ち取った吉良上野介の首を高輪・泉岳寺まで運び、旧主君の墓前に供えた。
1703年2月4日 幕府の命により、赤穂浪士たちが切腹。

多彩な顔ぶれの四十七士。そのリーダーは大石内蔵助(改易時の筆頭家老)です。そして、剣豪として名高いのが堀部安兵衛。浪人時代に「高田馬場の決闘」(「赤穂事件」のかなり前、旧暦・1694年2月に発生)で有名となり、赤穂藩に召し抱えられた人物ですね。

永井荷風さんは、随筆『伝通院』の中で「・・・西は丘陵の延長が鐘の音で名高い目白台から、『忠臣蔵』で知らぬものはない高田の馬場へと続いている」と述べています。生まれ育った地(現・文京区春日2丁目)の近くにある歴史ある寺院を中心に、幼き日の記憶や近年の様子を語ったものです。

『忠臣蔵』と聞いて、本所松坂町の〝事件現場〟ではなく、自身の生誕地エリアにも近い高田馬場(実際の決闘地は、高田馬場駅周辺ではなく、早稲田大学早稲田キャンパスの近くです)がまず思い浮かぶのは、山の手育ちの荷風さんらしさかもしれませんね。

吉良邸の実際の広さは、どれくらい?

本所松坂町公園が吉良邸だった場所のほんの一部であることは、現地の(いかにも狭い)様子からも理解ができます。では、一体どのくらいの広さだったのでしょうか。先ほどの公園パンフレットにも、その規模が次のように記されています。
 ◇東西 約132m、南北 約62m、面積 約8,400㎡
 ◇公園部分は、全体の86分の1に過ぎない

分かりやすく、今の地図に落とし込んでみましょう。

吉良邸の敷地だったと想定される範囲

▲太い破線で囲まれたところが、吉良邸の敷地だったと想定される範囲です。赤色の○で示した本所松坂町公園と比べて、とても広大なことが分かりますね。

全体敷地の周長は約400m。1周するのに5分もかかる計算です。ちなみに、すぐ近くの2つの大きな施設の敷地面積は、「両国小学校」が約5,000㎡、「両国シティコア」(旧・両国国技館跡地)が約5,500㎡。吉良邸の全体敷地は、どちらよりもはるかに大きかったのです。

全体敷地の南西側角からの眺め

▲全体敷地の南西側角からの眺め。道路から東側と北側(写真で道路の上側)に見える建物はほぼ全部、吉良邸の敷地内に建っていることになります。その広大さが実感できますね。

そして、今日まず立ち寄っていたところ。実は墨田区役所です。区民の皆さんもいったことがあるでしょう。隣のすみだリバーサイドホールと合わせて、高さもあり敷地も広大な建物です。その敷地面積は約8,800㎡。吉良邸跡地は、実は墨田区役所と比べても「さほど引けを取らないくらいの広さ」。実際に区役所をぐるっとひと回りしてみたら、その大きさがとても実感できました。

アサヒビール工場跡地を再開発した一角に建つ墨田区庁舎とすみだリバーサイドホール

▲アサヒビール工場跡地を再開発した一角に建つ墨田区庁舎とすみだリバーサイドホール(1990年8月竣工)。庁舎は地上19階建・高さ約85mの大きなビルです。

まず、吉良邸の〝敷地内〟でおやつ

吉良邸の実際の敷地の大きさも実感できたので、おやつでひと休みしましょう。本所松坂町公園のすぐ近くの和菓子店「大川屋」で、当地らしい「忠臣蔵の吉良まんじゅう」を買いました。

大川屋

▲シックな外観の「大川屋」は1869年創業の老舗。本所松坂町公園は、目と鼻の先。このお店ももちろん、吉良邸の実際の敷地の中です。

忠臣蔵の吉良まんじゅう

▲「忠臣蔵の吉良まんじゅう」は、白あんときな粉のユニークな組み合わせ。自販機で買ったコーヒーと一緒に(ちょうどひと気もなかったので)本所松坂町公園内のベンチでいただきました。

次は、吉良邸敷地の〝すぐ隣〟へ

ひと休みの次は「相撲写真資料館」へ。実は1分も歩かずに到着。吉良邸の北側に隣接していた別の旗本・土屋家の屋敷跡の一角になります。この連載【第4回】で「名刺と紙製品の博物館(SAKURA TERRACE)」(立川3丁目)を訪れましたが、そこと同じく、民間の作業場、事務所、店舗、家などの一角を利用した施設「すみだ小さな博物館」(墨田区内に23ヶ所あり)の1つです。

相撲写真資料館

▲「相撲写真資料館」の外観。1929年に旧・両国国技館脇に開業して以来、長年にわたり日本相撲協会の専属を務めた「工藤写真館」の建物に沿って設置されています。開館日が限られていますので、ご注意ください。

工藤写真館の外部ディスプレイケース

▲工藤写真館の外部ディスプレイケースの下方にも、相撲関連ほかの懐かしい写真が展示されています。(相撲写真資料館の中は、写真撮影禁止です)

今の両国国技館は三代目。二代目は蔵前国技館、初代の旧・両国国技館は回向院の境内の一部を利用して1909年に開館しています。大正期以降は、火災、関東大震災、太平洋戦争の空襲、戦後の進駐軍接収などを経て、蔵前国技館へ機能を移していきました。

折角なので、すぐ近くの「両国シティコア」(旧・両国国技館跡地)にも足をのばしました。

両国シティコア

▲「両国シティコア」は、1992年3月に竣工。スポーツ・オフィス・住宅の3つの建物で構成されています。

駐輪スペース

▲敷地の中庭には駐輪スペースがあります。よく見てください。自転車たちの間を縫うように輪っかのようなものがわかりますか。実はこれ、国技館時代の土俵の位置と大きさを示したものなのです。

仕上げは、また吉良邸の〝敷地内〟で

今日は、墨田区役所に立ち寄ってから両国まで歩いたので、お腹もかなりすいてきました。近くにある小さなイタリア料理店「トラットリア モンテトミ」でさんぽの仕上げをしましょう。

トラットリア モンテトミ

▲こぢんまりとしたビル(自宅兼用)の1階がお店です。向かって右側の小さなドアは飾りで、出入りは左側のドアから。このビルが建つところ、実は、吉良邸の敷地全体の西北側の角部分になるのです。今日はおやつも晩酌も、何と吉良邸の敷地内でいただくのですね。

ご店主の富山(とみやま)さんは、イタリア・フィレンツェの有名店「アルマンド」で修行した本格派。2015年2月にこのお店をオープン。2020年から、曜日限定でスパイスカレーのランチを提供する「spice curry 昼間のトミさん」もスタート。イタリアンのお店だけど、隠れたカレーの名店としても評判です。

トラットリア モンテトミ

▲店に入って左側は、カウンターテーブルに6席。反対側には、隠れ家のような小上がりの半個室スペース(最大8名くらい)があります。

イタリアNo.1クラフトビール「バラデン」

▲まずはビール! ご店主のおススメでイタリアNo.1クラフトビール「バラデン」(税別〈以下同〉950円)を。4種類あるうちの1つを選びましたが、とても奥行きのある味わいでした。オリジナルのグラスもユニークな形です。

アンティパスティ盛り合わせ5種

▲「アンティパスティ盛り合わせ5種」(1,500円)。食材が魚・貝・肉と多彩で、見た目も鮮やか。お皿の右下のものは、当店人気No.3の「クロスティーニ」(トーストしたバゲットの上にペーストなどの具材を乗せた前菜)です。

カレッティエラ

▲当店人気No.1の「カレッティエラ」(1,400円)は、ニンニクたっぷりで濃厚な味のトマトソースパスタ。ご店主が修行したフィレンツェの地元料理で、修行店の名物でもありました。ハウスワインの赤(500円)とともに。

広大な吉良邸跡のエリアの中に、隠れ家のような小さなお店を発見。そして、大衆的なイタリアの味わいも楽しめたし。そんな意外な出会いが心地よくて、幸せな気持ちでお店をあとにしました。

花風

今日のさんぽ を振り返って

本所松坂町公園だけ見ると、武家屋敷の跡地にしてはいかにも狭い。しかし全体像を確認してみると、とても広大。一見したイメージと実際の姿のギャップに驚かされました。そしてもう1つ、ドラマ仕立てと史実のギャップはどうでしょうか。

『忠臣蔵』では、[悪役=吉良上野介、気の毒な主君=浅野内匠頭、正義の仇討ち役=赤穂浪士たち]といった極端な脚色になりがちです。しかし、吉良上野介は領地(現・愛知県西尾市吉良町)では、善政を施して気さくに領民と交流した名君として長く慕われています。

一方、浅野内匠頭は、家臣が路頭に迷うことも省みず刃傷沙汰を引き起こした無思慮な短気者。赤穂浪士たちの討ち入りは、逆恨みによる集団テロ。はたまた、主君の仇討ちよりも自分たちの名を上げて再仕官するための示威行為だった。そんな見方もあるようです。

「木を見て森を見ず」という戒めの言葉があります。より全体の姿を見るよう努力する。一方の主張だけ聞くのではなく、いろいろな意見に耳を傾ける。ものごとを判断するときに大事なことかもしれません。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話確認してください。
大川屋 本店
東京都墨田区両国3-7-5
TEL:03-3631-3759
営業時間:10:00〜18:00
定休日:月曜

相撲写真資料館
東京都墨田区両国3-13-2工藤写真館内
TEL:03-3631-2150
営業時間:火曜10:00〜17:00
(祝祭日を除く。ただし大相撲の1月、5月、9月場所開催中は、毎日開館。火曜以外は予約にて対応)
定休日:上記以外

トラットリア モンテトミ
東京都墨田区両国3-11-1 1F
TEL:03-3634-3311
営業時間:(火曜・金曜・土曜)17:00〜22:30(L.O. 21:30)
定休日:日曜・月曜・祝日
 ※同店内の「spice curry 昼間のトミさん」(スパイスカレーのみ提供)は、次のとおり。
営業時間:(水曜・木曜)11:30〜15:00(L.O. 14:30、テイクアウト14:30まで)
 こちらは、水曜・木曜が祝日でも原則営業中

【参考】
本所松坂町公園(都指定旧跡 吉良邸跡)
東京都墨田区両国3-13-9

両国シティコア(旧・両国国技館跡地)
東京都墨田区両国2-10-11ほか