【第14回】墨田区内だけど「江東区立公園」。そんな不思議さのワケとは?

すみだは、水辺の多い土地柄です。隅田川、荒川、旧中川などなど。隣接するいろいろな区とは、これらの川が境界となっているケースがほとんど。区の南端の一部など、例外的に隣区と地続きになっていますが、その一角にちょっと不思議なスポットがあるのです。

まずは、「すみだ小さな博物館」の1つへ

そのスポットにも近い「鍼灸(しんきゅう)あん摩博物館」をまず訪ねてみます。以前にほかの施設も体験しましたが、民間の作業場、事務所、店舗、家などの一角を利用した施設「すみだ小さな博物館」(墨田区内に23ヶ所あり)の1つです。

江島杉山神社

▲現地は、「江島杉山神社」の境内。写真左側の建物「杉山和一記念館」の2階の一部がその博物館になっています。

江戸時代前期に活躍した鍼灸師、杉山和一(すぎやま わいち)は幼い頃に病気で失明。江戸に出て苦労の末に、目の不自由な人でもツボへ的確に施術ができる「管鍼術」(かんしんじゅつ)を考案しました。

江戸時代の経穴(ツボ)人形

▲館内の一角に展示されている江戸時代の経穴(ツボ)人形。普段接している西洋流の医療や医学とはかなりベースが違う「東洋医学」の奥深さの一端を実感させてくれます。

境内西側の参道入口に設置された解説板を見ると、当地や神社の由来などがコンパクトに理解できます。

境内西側の参道入口に設置された解説板

▲五代将軍綱吉に仕えた杉山和一は、当地(本所一ツ目)に広大な土地を拝領。神社の名は、修行や祈願をした地(江ノ島)と本人の名にちなんでいるのですね。

目の不自由な人たちが鍼やあん摩で自立できるよう、体系的な教育や訓練の場を設けて実施した。このような杉山和一のとても大きな功績を、この神社にきて学ぶことができました。

このスポットの不思議さ(その1)

江島杉山神社を出てすぐのところにある「千里軒」で、ひと休みしましょう。

千里軒

▲ショウウィンドー内外のコーヒー焙煎装置が目を引きます。

見た目にも歴史を感じさせるこちらのお店、2017年5月にあるバラエティー系テレビ番組にも登場。日本橋水天宮にある同名の喫茶店の姉妹店で、90年近い歴史があるようです。

「ホットドックセット」(600円)

▲「ホットドックセット」(600円)。飲み物はコーヒーにしましたが、紅茶かミルクも選べます。各単品で頼むよりも50円おトクです。

シニアの女性ご店主お1人で切り回す店内は、昭和のレトロな雰囲気。静かでゆったりとした時間が流れていました。

お店を出て東に向かい、清澄通りを南へ。歩いて10分足らずで着いたのは、「五間堀公園」です。冒頭で触れましたが、この辺りは江東区と(川を挟まずに)地続きになっています。

江東区との境界を赤色の太字破線で示した地図

▲江東区との境界を赤色の太字破線で示した地図です。五間堀公園の周辺にご注目ください。

すみだの南部は、江戸時代以来の埋め立てなどで碁盤の目のような町割りとなっています。ところが、五間堀公園の周辺だけ不自然に斜めな境界に。その答えは、江戸時代の地図(江戸切絵図)の中にありました。

「錦絵でたのしむ江戸の名所」〜「江戸切絵図から探す」〜「深川絵図」

▲出典は、国立国会図書館サイト「錦絵でたのしむ江戸の名所」〜「江戸切絵図から探す」〜「深川絵図」。この地図の一番上の部分を左右(東西)に流れるのが竪川、地図の真ん中より少し上のところをやはり左右(東西)に流れるのが小名木川です。

地図の左上部に見える、竪川と小名木川を逆「く」の字形で上下(南北)に結ぶ流れが「六間堀」。そして、逆「く」の字から右(東)側にクランクして分岐している流れ(当時は、途中で行き止まり)が「五間堀」です。

いずれも人工の河川(水路)で、それぞれの幅(1間=約1.8m)がそのまま名前になったようです。つまり、この付近だけギザギザした形状の墨田・江東両区の不思議な境界は、江戸期以来の(今では埋め立てられた)六間堀と五間堀の名残りそのものだったのです。

このスポットの不思議さ(その2)

「五間堀公園」は、六間堀から五間堀が東北側に分岐していたちょうどそのスポットにあたります。

五間堀公園

▲地下鉄・森下駅[A5]出口のすぐ横に広がる「五間堀公園」。緑豊かな中に、公衆トイレ・各種遊具・水飲み場などが見えます。

こちらは、「江東区立」の公園。でもこの辺りでは、かつての六間堀や五間堀の真ん中くらいが墨田区と江東区の区界で、実は五間堀公園の細長い敷地は[北側ほぼ半分は墨田区、残りは江東区]。江東区立公園なのに、敷地のほぼ半分は墨田区という不思議さなのです。

そのワケは、公園内の解説版が教えてくれます。

公園全体の写真の右端に見える解説板

▲先ほどの公園全体の写真の右端に見える解説板です。

区の上部組織である東京市(当時)が開設し、その後、東京都から江東区に公園全体の管理が委ねられたから。そんな経緯があるため、半分は墨田区なのに「江東区立公園」だったのですね。少しすっきりとした気分になりました。

ちなみに、公園の少し北側にある「弥勒寺」の境内には、先ほどの杉山和一の墓所(隣接して医療のはり供養塔も)があります。

杉山和一の墓所

▲「検校」(けんぎょう)とは、江戸時代には、目の不自由な人たちの職能(和楽や鍼灸・あん摩)を束ねる高い官位のことでした。

永井荷風さんの見た「五間堀」辺りの風情とは

六間堀や五間堀を含む周辺は、「深川」といわれました。今の「江東区深川」の地名に限定されず、かなり広範なエリアです。かつての湿地帯が江戸時代初期以降に埋め立て開発されたもので、開発を主導した「深川八郎右衛門」にちなんだ地名。自然が豊かで風情のある行楽地・別荘地だったようです。

永井荷風さんの随筆に『深川の散歩』(1935年発表)があります。「六間堀と呼ばれた溝渠は、万年橋のほとりから真直に北の方本所竪川に通じている。その途中から支流は東の方に向い、弥勒寺の塀外を流れ・・・」と記述された「支流」とは、まさに五間堀のことです。

そして、この近くに一時期住んでいたのが、井上啞々(本名:精一)。荷風さんの親友で若き日の放蕩生活を共にした人物ですが、1923年7月に45歳で早世しています。荷風さんは、亡き友のかつての住まいの付近を追悼の思いで、さんぽしていたのでしょうか。

今日の仕上げは、銭湯の「別館」(?)で

今日も、いろいろな出会いや発見がありました。「弥勒寺」の前の通りを東側に歩いていくと、とてもユニークな名前の飲み屋さん「The Local Pub 竹の湯 別館」を発見。入ってみましょう。

The Local Pub 竹の湯 別館

▲ガラス面が多くて、店内の様子がよく分かります。女性客や1人客でも入りやすい雰囲気かも。

The Local Pub 竹の湯 別館

▲シンプルで清潔感のある店内。2022年12月にグランドオープンしたばかりの新鋭店です。

地元で長年親しまれた銭湯「竹の湯」は、かなり以前に廃業。銭湯建物は介護のデイサービス施設などを経て、2022年11月からとんかつレストラン(内部に土俵のあるユニークなお店)として再スタートしています。

そして、奥で隣接するこちらのお店、実は竹の湯のコインランドリーだった建物です。女性ご店主の橘さんにお聞きすると、テナント募集時の物件名「竹の湯 別館」をそのまま店名に取り入れたとのこと。複数設置されていた飲料自動販売機も撤去して、ガラス面がとても多い建物前面に仕上がりました。

サッポロ ラガー

▲まずは、瓶ビール「サッポロ ラガー」(680円)で喉をうるおします。

ワインに力を入れたお酒のラインアップ。それによく合いそうなつまみが用意されています。

ブ—ランジェリー・ジャンゴ サラミ盛合せ

▲左側「今日のパン盛り」(680円)。この日は、日本橋浜町の名店「ブ—ランジェリー・ジャンゴ」の品が3種でした。右側「サラミ盛合せ」(550円)は、東向島の製造工房「オーティス」のもの。

「悪魔」のふ菓子

▲「「悪魔」のふ菓子」(330円)。錦糸町「鍵屋製菓」の駄菓子製品です。焼いてきれいにカットしてバターや塩で味を整えると、手間のかかった立派な一品となります。

最後は、日本酒で締めました。

釜屋新八

▲日本酒はあまり品揃えがない。ご店主はそう謙遜されますが、こちら「釜屋新八」(1杯770円)は、埼玉県加須市(旧・騎西町)の蔵元のもの。なかなか見かけない珍しさを感じました。

店名は地元で長年親しまれた銭湯の名を活かし、また、つまみには近くの地元食材へのこだわりが随所に感じられて。こうした細やかな気配りは、何だか嬉しい気持ちにしてくれます。まだまだ暑い中でのさんぽ。その疲れが、じんわりと癒された瞬間でした。

花風

今日のさんぽ を振り返って

「境界」は、家などの建物同士ならば、塀やフェンスで区切られて目に見えることも少なくありません。でも区、町、市、そして都道府県など大きなかたまりになると、地図の上でしかその境目を直感的に確認することはできないでしょう。

そんなとき川の流れが境界だと、とってもビジュアル! 水辺の多いすみだは、〝わが街〟がどこまでなのかを実感しやすい。そんなことを再認識しました。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話確認してください。
鍼灸あん摩博物館
東京都墨田区千歳1-8-2杉山和一記念館内
TEL:03-3634-1055
営業時間:10:00〜16:00
定休日:金曜・年末年始

千里軒
東京都墨田区千歳1-7-5 ハイツ両国1F
TEL:03-3632-4836
営業時間:8:30〜18:00(土曜は8:30〜15:00)
定休日:日曜・祝日

The Local Pub 竹の湯 別館
東京都墨田区立川3-1-11
連絡先:Instagram @takenoyu_bekkan
営業時間:16:00〜23:00頃(日曜は14:00〜23:00頃)
定休日:火曜(別途、水曜ほかに不定休あり)

【参考】
江島杉山神社
東京都墨田区千歳1-8-2

五間堀公園
東京都江東区森下2-30-7(江東区役所「施設情報」サイトに掲載されている住所)

弥勒寺
東京都墨田区立川1-4-13