【第12回】明治期の東京発展の立役者! あのヒーローの200年前の原点は、すみだにあった。

幕末から明治期に活躍したあのヒーロー。戊辰戦争の戦禍で江戸の町が火の海となっていたかもしれない。そんな事態を救ったエピソードでも有名です。今年・2023年は、その人物の生誕200年の節目になります。

まずは、市川まで遠出

まずは、その人の足跡も残る市川まで遠出します。JR総武線の本八幡駅で下車して北上。京成本線京成八幡駅の踏切を渡ってさらに北に進むと、商店街に(その人ではありませんが)こんなノボリを発見しました。

荷風ノ散歩道

▲商店街・商美会ロードのノボリには、「荷風ノ散歩道」と永井荷風さんのイラストがあしらわれています。写真の中だけでも道の両側になんと10枚(風でめくれているものも含む)! ちょっとシュールかも。

市川市の菅野や八幡のエリアは、永井荷風さんが戦後1946年1月に移り住み1959年4月に亡くなるまで過ごした地。間借り2軒と自居2軒を住み替えながらでしたが、あちこちにその足跡が残っています。しばらく歩くと、住宅地の一角に「白幡天神社」が見えてきました。

白幡天神社

▲緑豊かで落ち着いた雰囲気の「白幡天神社」。

断腸亭日乗

▲境内の一角には、荷風さんの碑が建てられています。右側の歌は1946年4月22日、左側の文章は同年5月11日。荷風さんの代表作の日記文学『断腸亭日乗』に、それぞれの記載が確認できます。

麻布・市兵衛町(現・六本木1丁目)の洋館自宅「偏奇館」で長年、気ままでマイペースな独居を続けた荷風さん。太平洋戦争の空襲で焼け出された後は、終戦後まで地方を含め各地を転々として苦労します。邦楽家のいとこ一家と一緒にようやく定住できた市川・菅野の地でしたが、家の中に流れるラジオや三味線の音が気に障ったようです。

荷風さんがさんぽの途中で白幡天神社を発見したのは1946年4月18日のこと。かなり気に入って、それからしばらくの間、読書などのためによく通ったようです。白幡天神社の境内の別の場所には、やはり当地に移り住んで亡くなった文豪・幸田露伴の碑も建てられています。そして、拝殿にはこんな扁額(社額)が掲げられていました。

扁額(社額)

▲派手に彩色装飾された扁額ですが、字は勝海舟が揮毫したものです。右から左に「白幡神社」と書かれ、左端の揮毫者は「海舟勝安芳」となっています。「海舟」は号で、通称(幼名)「麟太郎」、名は「義邦」から「安芳」へ後年改称されました。この時代、有名人が揮毫を頼まれることはよくあったようで、勝海舟揮毫の扁額等は関東地方を中心に公的施設・学校・寺社などにかなり残されています。

冒頭のヒーローとは、勝海舟です。その人が揮毫した扁額のある神社の緑濃い境内で、荷風さんは同居先の騒音から逃れて読書するなど〝1人の時間〟を楽しんでいたのでしょう。その後転居(間借り)した先でも、しばらくするとラジオ音が気になり出す様子が『断腸亭日乗』に残されています。テレビの登場まで生活情報や娯楽のインフラでもあったラジオ。荷風さんとは、どうも相性がよくなかったようですね。

次は、両国へ

本八幡駅に戻って、JR総武線で両国駅に向かいます。移動時間中に、勝海舟のことをおさらいしておきましょう。

戊辰戦争で薩長など主体の新政府軍が江戸に迫ってくる中、旧幕府軍を代表して新政府軍の西郷隆盛と会談。江戸城が総攻撃される直前に、話し合いで無血開城を実現。江戸の町が戦禍に巻き込まれることを救い、その後の東京や日本の発展にも大きく寄与。明治維新後も新政府の中で要職を務めた時期があり、伯爵に叙せられてもいます。

そんな勝海舟は1823年1月(旧暦表示)生まれで、今年は生誕200年の節目。そして生まれ育ったのは実は、すみだの地なのです。両国駅から南側に5分ほど歩くと「両国公園」に到着。その一角に生誕地関連のモニュメント等があります。

本所松坂町公園

▲この連載【第10回】で訪れた「本所松坂町公園」(都指定旧跡 吉良邸跡)にも近い「両国公園」。その中の南東側の一角に生誕地の碑、主要エピソード解説板、椅子と刀のモニュメントなどが設置されています。

主要エピソード解説板のスタート部分

▲主要エピソード解説板のスタート部分。生年月日は、新暦表示だと[1823年3月12日]になります。当地には、海舟の曽祖父(越後から上京し、目の不自由な人に認められていた高利貸しで成功した)が地位を買収して祖父が跡を継いだ旗本・男谷(おたに)家の屋敷がありました。

海舟の父は、後継ぎのいない別の旗本・勝家の婿養子となりましたが、海舟は父の実家の屋敷で生まれ7歳まで過ごしました。その後本所入江町(現・緑4丁目)に転居し、1838年には父の隠居により家督を相続。1846年に赤坂に転居するまですみだの地で、幼年・少年・青年前半という多感な時期を過ごしたのです。

今日は、あと2ヶ所・・・

今日はちょっと欲張りにあと2ヶ所、見ておきたいところがあります。その途中で寄り道しておやつにしたいと思います。

珈琲 ふりーで

▲「珈琲 ふりーで」外観。周囲にあまりお店もなく〝ポツンと一軒家〟のような喫茶店です。内部も、小ぢんまりとしていかにも昔ながらのレトロな雰囲気にあふれています。

コーヒー(400円)とジャムトースト(350円)

▲コーヒー(400円)とジャムトースト(350円)をいただきました。トースト自体のちょっとした塩味とあまり甘くないジャムの組み合わせが、なかなかのもの。お皿ではなくザルに乗って提供されるところもユニークかも。

家族で切り回す小さな喫茶店ですが、もう40年以上の歴史があるそうです。次の行き先への途中で、思いがけなくひと休みできたことに感謝。そして、このお店のすぐ近くにあるのが「能勢妙見堂」です。

能勢妙見堂

▲「能勢妙見堂」の境内には、勝海舟の晩年の姿の胸像があります。

勝海舟が子どもの頃に、犬に局所を噛まれて大ケガ。父親が息子のケガ平癒や出世を祈り、水垢離して徹夜で参拝した逸話が残っています。その後、海舟はケガも快癒し後年には大出世。父親の祈願は全部かなったようです。

見どころの最後は、こちら

能勢妙見堂から、さらにかなり歩いて到着したのは、墨田区役所。この連載【第10回】で訪れた際は、敷地をぐるっと歩きました。その敷地面積がこちらとあまり遜色のない「吉良邸跡地」の全体の広さを実感するためでした。では今回は? 敷地の北西側に建つこの銅像が、実はお目当てだったのです。

勝海舟の全身銅像

▲勝海舟の全身銅像。先ほどの能勢妙見堂の晩年の胸像とは、かなり雰囲気が違います。まずは区役所建物との位置関係を、こんなアングルで捉えた写真でご覧ください。

勝海舟の全身銅像

▲勝海舟の偉業を称えて、その功績を後世に残すために全身像を建てよう。こうした機運が高まり、市民グループが呼びかけて全国規模で集まった募金で銅像が作られ、墨田区に寄付されました。

建立されたのは2003年7月21日。勝海舟の生誕180年の節目で、しかも「海の日」でした。この海舟は、新しい日本を思い描き、アメリカを目指そうとする壮年期の瞬間を表現したものだそうです。見る人にやる気や勇気を引き起こしてくれるような、力強さがありますね。

さんぽの仕上げは、こちらで

今日もたくさん歩いたので、そろそろ夕食を兼ねて晩酌に。勝海舟の「海」や「舟」から連想すると、今宵はやっぱり海鮮系! 向かったのは「野口鮮魚店」です。

小さな魚がし 野口鮮魚店

▲床に置かれた「小さな魚がし 野口鮮魚店」の案内看板よりも、ガラスサッシに書かれた「築地まぐろ屋直営」の文字がはるかに大きくて目立ちます。

小さな魚がし 野口鮮魚店

▲シンプルな店内ですが、屋根瓦風の装飾が「魚がし」らしさを演出。入口付近には海産物販売コーナーもあり、テイクアウトするお客さんが訪れています。

築地(その後豊洲に移転)のまぐろ卸店が直営する有名店です。オープンしてもうすぐ15年を迎えます。まずは生ビールで喉をうるおして、名物の1つの海鮮丼をオーダーしました。

朝一築地丼

▲「朝一築地丼」(税込〈以下同〉2,156円)まぐろだけでも、刺身・すき身・にぎり(写真下部の海苔を巻いたもの)・串焼き・焼き物と多彩。そのほかにも各種刺身、エビ、カニ、貝、イクラ、卵焼きなどなど。内容的にも見た目にも、圧倒的な存在感がありますね。

仲卸し雑汁(あら汁)

▲「仲卸し雑汁(あら汁)」(506円)は、当店の「裏の名物」だそうです。本日仕入れた鮮魚のあらがたくさん入っていて豪快。写真上部にはワタリガニの姿も見えます。

直営店らしい鮮度と盛りのよさ。そんな定評どおりの内容を実感しました。少し離れたところには「二代目 野口鮮魚店」(こちらは居酒屋主体のお店です)を展開。ほかに、東京スカイツリータウン内の東京ソラマチ、錦糸町パルコ、カメイドクロックにも出店しています。

圧倒的なボリュームでしたが、何とか完食。充実の満腹感と満足感でした。できれば、かなりお腹を空かして来店することをおススメします。

花風

今日のさんぽ を振り返って

今日は、勝海舟ゆかりの地あちこちをさんぽしました。江戸の町が火の海になることを、西郷隆盛との話し合いで回避したヒーロー。そんなエピソードから、とにかく和平や和睦を志向した人物というイメージが強いかもしれません。

しかし実際には、和睦交渉が決裂するケースも想定。江戸町民を多数の船に乗せて避難させたうえで、新政府軍が入城した江戸の町を随所に放火して焼き尽くしてしまう。そんな大胆な作戦も同時に準備と手配をしていたようです。和睦一択の弱腰ではなく、対極の策も懐に忍ばせて交渉に臨んだ。そんな胆力に、改めてこの人物の凄みを知らされます。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話確認してください。
珈琲 ふりーで
東京都墨田区石原4-32-3
TEL:03-3624-7070
営業時間:8:30〜18:00
定休日:日曜・祝日

野口鮮魚店
東京都墨田区東駒形4-6-9リバーハイツワコー1F
TEL:03-5608-0636
営業時間:11:30〜14:30(L.O. 14:00)、16:30〜19:00(L.O. 18:30)
※食材の在庫状況によってL.O.時間が早まることあり
定休日:水曜(別途、火曜などに不定休あり)

【参考】
白幡天神社
千葉県市川市菅野1-15-2

両国公園
東京都墨田区両国4-25-3

能勢妙見堂
東京都墨田区本所4-6-14

墨田区役所
東京都墨田区吾妻橋1-23-20