【第19回】「ごくわずか」尽くし! すみだにあった謎めいた鉄道路線とは?

「廃線」と聞くと、緑深い山間、のどかな田園地帯、そして川や海岸線沿い。そんなローカルな光景がイメージされるかもしれません。しかし、都心に近いすみだの地にも、かつての痕跡が今ではほぼわからないような鉄道路線があったことをご存じでしょうか。

今日のさんぽ は「京成白鬚線」の痕跡を辿ります

路線の長さ1.4km、駅数4、営業期間8年。どれも「ごくわずか」な印象ですね。そんな鉄道路線が「京成白鬚線」です。営業していたのは、昭和初期の1928年4月から1936年3月の8年間だけ。人々の記憶からも消えてしまっているかもしれません。地図で位置関係を確認してみましょう。

京成白鬚線

▲左側の地図で左から右(西から東)に向けて、「しらひげ(白鬚)」、「たまのゐ(京成玉ノ井)」、「むかふじま(ひらがなを右から左に読む=向島)の3駅と線路位置が分かります。「長浦」駅は、同年代の別の地図を見てみると赤色破線マルの辺りにあったようです。

右側・現在の地図の青色加筆部分のように、「かつて鉄道が通っていた」箇所を地図上にトレースすることはできます。では、実際に現地の様子はどうなっているのか。早速、出かけてみましょう。

終点駅の跡は、老人ホームに。そして「相撲部屋」もやってきます

今の京成押上線にかつてあった「向島駅」から分岐して、西側に大きく湾曲して隅田川方面へ。4駅目の終点は「白鬚駅」。その跡地にやってきました。以前「白鬚橋病院」があったところは特別養護老人ホーム施設に建て替えられ、道路に近い一角には京成白鬚線の記念碑がありました。

京成白鬚線

▲記念碑のパネルには、京成白鬚線の経緯等の解説、そして関連する写真や路線等のイラストがビジュアルに掲載されています。写真左側の茶色のベンチは「誰でも座れる地域イス」です。

施設スタッフの方に聞くと、ベンチ利用や記念碑見学のための立ち入りはオーケーとのことでした。(ただし、民間施設の敷地内ですので、ご留意ください)

記念碑の2本のポール。きれいに塗装され、向かって左側のポールには4つの駅名が記されています。何とこのポール、白鬚駅跡地から発見された本物の線路を加工して再利用したものだそうです。上記の解説板の各部分を拡大してみましょう。

白鬚駅と電車が写る貴重な写真

▲まず、白鬚駅と電車が写る貴重な写真です。真冬なのか、ホームや線路脇にかなりの積雪が見られます。

京成白鬚線の数奇な経緯や顛末が丁寧に解説されています

▲続いて、京成白鬚線の数奇な経緯や顛末が丁寧に解説されています。都心に近い隅田川西側・浅草エリアへの乗り入れを東武鉄道に先を越された京成電鉄は、白鬚橋を渡って現在の都電荒川線へ接続する布石として同線を開設。しかし、別ルートで上野エリア直結が実現したことなどから、同線はわずか8年で廃線となりました。

路線等のイラスト

▲関連する路線等のイラスト。白鬚駅には京成のバス路線も来ていて、隅田川を渡って三ノ輪駅(現在の都電荒川線)への接続期待もあった様子がうかがえます。しかし、青砥駅から日暮里駅経由で上野公園方面への路線が先に完成すると、単なる行き止まりのローカル線に位置付けられてしまったようです。

こちらの老人ホーム施設、敷地内の植栽の一角には、白鬚駅で使われていた基礎材(石材)も再利用して敷かれています。記念碑ともども、かつてあった路線や駅舎への敬意など〝地元愛〟が感じられて嬉しい気持ちになりました。

そして西側に隣接する土地には、あるスポーツ施設が建設中。大関琴奨菊として活躍した秀ノ山親方が、今年・2024年8月(予定)に相撲部屋を新築・開設します。お隣りの老人ホーム施設から土俵が見えるという、気配りの設計だそうです。相撲の街でもあるすみだに、また新たなスポットが誕生! とても楽しみですね。

次の駅跡は、さらに痕跡がありません!

スタート地点でも、記念碑などを除いてかつての〝終点駅〟の雰囲気は何も残っていませんでした。これから東側に向けて線路の跡と思われるルートを辿ってみましょう。

老人ホーム施設から東側に向かう道路

▲老人ホーム施設から東側に向かう道路。狭い路地は線路跡とはとても思えない雰囲気で、しばらく先で道は公園で分断されています。

線路跡

▲公園の先を進んでも工場やマンションなどで〝線路跡〟はあちこち分断されていますが、何とか東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の高架の手前まで到着しました。

この辺り、今では東武線が高架化されています。しかし京成白鬚線があった頃は、地上を走る東武線を京成白鬚線が土手(築堤)高架でまたいで交差していたのです。

東武線高架の下から見た東側の様子

▲東武線高架の下から見た東側の様子。写真中央のビル2棟やその奥付近にあった土手の上が「京成玉ノ井駅」だったようです。地上と高架の位置関係も逆転していて、かつての痕跡は何も感じられません。

永井荷風さんが代表作『濹東綺譚』を執筆したのが1936年9〜10月。京成白鬚線が廃止された直後の時期です。作品で主人公が夕立の中で偶然お雪と出会うシーンの直前に、この駅跡のことが描写されています。「・・・崩れかかった石段の上には取払われた玉の井停車場の跡が雑草に蔽われて、こなたから見ると城址のような趣をなしている」。

続いて主人公は駅跡の土手に登って、玉の井の街の様子を眺めます。作品の名声を高めたといわれる挿絵(木村荘八画)にも、そのシーンが描かれています。

「木村荘八:永井荷風著『濹東綺譚』挿絵7(1937)」

▲出典は、独立行政法人国立美術館「木村荘八:永井荷風著『濹東綺譚』挿絵7(1937)」。荷風さんも現地を訪れた折、夕暮れの廃線跡の中で「栄枯盛衰」などの想いにひたったのでしょうか。

「長浦駅」跡へと進みます

廃線の痕跡がこれだけ消失しているのは、珍しいケースかもしれません。さらに東側に向けて進みましょう。

線路跡

▲ある路地で、東側を見た様子です。一応、歩いて通行はできますが、ここまでくるともはや〝人様の玄関先〟といった雰囲気。でも線路跡だと推測されます。

線路跡

▲写真右側のマンション1階・自転車置き場。その先の隙間から水戸街道(国道6号線)がチラッと見えます。この付近も線路跡だと推測されます。

永井荷風さんの〝さんぽバイブル〟ともいわれるのが、随筆『日和下駄』。その中に「裏町を行こう、横道を歩もう。」という言葉が掲げられています。今日のさんぽ、まさにそんなスローガンを実践している気持ちが高まってきます。路地裏や行き止まりの先に思いがけない発見があり、さらに今昔の姿の対比の妙も感じられますね!

文筆家で、荷風さんにとても造詣の深い坂崎重盛さん。近著『荷風の庭 庭の荷風』(芸術新聞社刊 2023年1月初版 )の中で、荷風さんのこの言葉について「まいりました! この十四字に、荷風さんの人生、また、命そのものが詠われているじゃないですか! 挑発的にして、ありがたき〝裏町横道人生訓〟である」と称賛をしています。

僭越ですが、荷風さんにも坂崎さんにも、とても共感できる思いでした。

曳舟川通りから北西側に伸びる道

▲曳舟川通りから北西側に伸びる道。この道付近も線路跡のようで、突き当りの建物との間のどこかに「長浦駅」があったと推測されます。

始発駅の「向島駅」跡へと

線路跡はこの先、曳舟川通りから京成押上線の線路に向けて、大きく湾曲していきます。

線路跡

▲写真右側の植栽帯・駐輪場や左側のビル敷地・駐車場は、全体としてかなり曲がりくねっています。こちらも、線路跡のようです。

向島駅

▲京成押上線も高架化されています。かつてこの辺りの地上にあった「向島駅」も1947年に廃止され、高架下のスペースは京成電鉄グループ会社の事務所となっています。南の方向には、東京スカイツリーの姿も見えます。

〝ゴール地点付近〟でひと休み

「向島駅」跡の少し北西側の路地で見つけたのが「喫茶オリオン」。ひと休みしていきましょう。

喫茶オリオン

▲路地の角地に立つ喫茶店は、かなりレトロな外観です。

喫茶オリオン

▲店内も、レトロで落ち着いた雰囲気。カウンター上にウィスキーのボトルが並び、アルコール類の提供(チャージ料300円が必要)もあります。

喫茶オリオン

▲ブレンドコーヒー(650円)とバタートースト(350円)をオーダー。各種ドリンクと軽食・ケーキをセットにすると100円引きになり、おトクです。

随分と老舗の雰囲気ですが、実はオープンしたのは2023年6月。地元で長く親しまれた「トワエモア」という喫茶店が閉店した後、今のご店主が引き継いだそうです。「喫茶店が好きだから・・・」。ご店主の言葉に、古き良き空間が時代と人をつないで受け継がれていくことの幸せさを感じました。

さんぽのシメは、「酎ハイ発祥の店」の1つといわれる老舗で

今日のさんぽのシメは、京成白鬚線の線路跡から少し北上したところで。水戸街道から少し奥に入ると、「三河屋」に到着しました。

三河屋

▲置かれた照明看板がないと通り過ぎてしまいそう。そんなシンプルな外観です。

三河屋

▲店内も、質実剛健な雰囲気です。L字形のカウンターに6席、その後方には4〜5人掛けテーブル席が2つの小さなお店です。

創業は昭和初期。下町の名物ドリンク「酎ハイ」(焼酎ハイボール)の発祥店の1つといわれています。

琥珀色の酎ハイ

▲琥珀色の酎ハイ(350円)。何杯飲んだか数えるために、炭酸水が入っていた瓶はそのまま横に置かれています。

お通し(今宵は、ミニトマトが2つ)は、少量ですが無料。つまみは、まずはやはり当店名物の「牛にこみ」(420円)にしました。

牛モツ

▲牛モツを八丁味噌で味付けしています。汁気がほぼなく、濃厚でこってりとした食感が楽しめます。

2杯目は「レモンハイ」(380円)を。注文の都度、生レモンをたっぷりと絞ってくれる本格派です。そして、シメのつまみは、「じゃがバター」(350円)にしました。

じゃがいもを薄切り

▲じゃがいもを薄切りして、じっくりと炒めた一品です。提供までかなり時間はかかりますが、アルコール類にとても合う、しみじみとした味です!

店内は、早い時間から地元の常連さんほかで大盛況。1日歩いた疲れも、名物のお酒やつまみ、そしてお客さんたちの楽しそうな談笑の賑やかさで吹き飛びますね。大満足でお店をあとにしました。

花風

今日のさんぽ を振り返って

今日は、地元でも忘れ去られているかもしれない古い廃線の跡をじっくりと辿りました。今昔の地図を頼りに、裏町や横道を探検するように歩く楽しさを再発見できたように思います。

先ほどご紹介した坂崎重盛さんは、実はこのサイト内にある「永井荷風プロフィール」(https://www.sumi-time.com/kafu/nagaikafuu/)を執筆していただいた方でもあります。近著『荷風の庭 庭の荷風』も、永井荷風さんへの坂崎さんの様々な想いが凝縮されているように感じます。よろしければ、ご一読いただけますと嬉しいです。

荷風の庭 庭の荷風

では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に電話確認してください。
喫茶オリオン
東京都墨田区八広5-3-17 深谷ビル
TEL:080-4754-9659
営業時間:平日11:30〜19:30、土曜・日曜12:00〜18:00
定休日:火曜・祝日

三河屋
東京都墨田区東向島5-40-6
TEL:03-3611-1832
営業時間:16:00〜20:00
定休日:日曜・祝日

【参考】
※京成白鬚線記念碑設置場所
特別養護老人ホーム しらひげ(社会福祉法人 玄武会)
東京都墨田区東向島4-2-11