【第8回】まるで映画のセット? 昭和の雰囲気の名残りを楽しみましょう

最近、映画館に出掛けたことありますか? 封切りからしばらく待てばネット配信なども手軽に利用できる時代。映画館にわざわざいくかどうかは、今や人それぞれでしょう。今日は、すみだにある映画ゆかりの地の1つをまず訪ねてみようと思います。

すみだにあった映画撮影所

かつて、映画館が大衆娯楽の花形だった時代がありました。1956年から5年間の入場者数は毎年ほぼ1億人以上。ところが近頃は、コロナ禍前でも年間2,000万人には届かない水準です(注1)。当時の人気ぶりがうかがえます。
(注1)一般社団法人日本映画製作者連盟(映連)の公表数値(1955年以降)に基づきます。

そんな時代に最晩年を過した永井荷風さんも、市川の住まいから浅草などに出掛けてはちょくちょく映画を観ていたようです。例えば1956年の夏から年末には、7月3回、8月3回、9月6回、10月7回、11月4回、12月5回といった具合(注2)。相当な〝ヘビーユーザー〟だった様子がうかがえます。
(注2)代表作の日記文学『断腸亭日乗』から摘出したデータ。

映画撮影所と聞くと、首都圏なら大泉・調布・蒲田・大船、関西だと京都といった地名が思い浮かぶかもしれません。この中で、今はもうないところもありますね。そして、すみだの地にもかつて映画撮影所がありました。1ヶ所は、墨田区立桜堤中学校(堤通2丁目)の敷地にあった「日活向島撮影所」。大正初期・1913年に開設されましたが、関東大震災(1923年)で壊滅しました。

もう1ヶ所は、京島3丁目にあった「高松プロダクション・吾嬬撮影所」です。敷地1,000坪(約3,300平方メートル)以上もの規模だったといわれます。

十軒橋通り沿いの現地

▲十軒橋通り沿いの現地。撮影所全体の面影はなく、歩道にひっそりと案内看板が立つだけです。

大正末期・1925年に開設されましたが2年足らずで活動中止。建物は太平洋戦争の空襲で焼失したようです。

この撮影所は、「日本映画の父」とも呼ばれる映画実業家・監督の牧野省三の「マキノ・プロダクション」の拠点としても一時期利用されました。荷風さんの代表小説『濹東綺譚』は何度か映画化されて、近時の代表作といわれるのが1992年作品(新藤兼人監督)。その中で、主人公の男性役を演じた俳優が津川雅彦。実は、牧野省三の孫です。すみだとの不思議な縁を感じさせますね。

どこか懐かしい昭和レトロの町並みが残ったワケ

この辺り「京島地区」は、古い建物(長屋建物も場所によってまだ見られます)や曲がりくねった路地などがまだまだ健在。その理由は、太平洋戦争の空襲の被害がすみだの中でもかなり少なかったエリアだから。どこか懐かしい昭和レトロの雰囲気を、あちこちで感じさせてくれる街なのです。

京島

▲入り組んだ路地とレトロな建物には、何ともいえない風情があります。

防火施設

▲狭い路地をたくさん抱える街のモットーは、「自分たちのまちは自分たちで守る」。こんなユーモラスなオブジェのほか、街のあちこちに防火施設(防火用水や地下の雨水貯水槽など)が設けられています。

活気のあるレトロな商店街。その名「橘」の由来とは?

そして、このレトロな地区を代表するのが、「下町人情キラキラ橘商店街」。東武亀戸線の踏切から明治通りまで全長約450メートルの通りを中心に展開する商店街です。全国から公募して1985年にこの愛称が決まりました(正式名称は「向島橘銀座商店街協同組合」です)。

下町人情キラキラ橘商店街

▲商店街と曳舟たから通りの交差点付近の商店街看板(店舗配置案内図ほか)。各種食品を中心にさまざまなジャンルの商店が軒を連ねて、まさに地元の生活に密着した商店街です。

下町人情キラキラ橘商店街

▲肉屋さんの店先では、たくさんの種類のおいしそうな惣菜が売られていました。

下町人情キラキラ橘商店街

▲洋服屋さんの店頭も、実用的でどこか懐かしいディスプレイ。

下町人情キラキラ橘商店街

▲あちこちで、どんどんなくなっているといわれる本屋さん。こちらでは健在です。

下町人情キラキラ橘商店街

▲北端の明治通り側から見るとこんな様子です。

ハト屋パン店

▲「ハト屋パン店」は、まるで映画のセットでも見ているような気分になります。1912年創業といわれる老舗でしたが、二代目店主が亡くなり閉店。近くに移り住んでいた初老の女性(パンとは無縁だった都市計画コンサルタントの方)が、歴史ある建物とその雰囲気をできるだけ残すように努力して、2020年11年にリニューアルオープンしました。

ところで、この商店街の「橘」ってどんな意味合いなのでしょうか。実は、「橘館」という映画館にちなんでいます。あった場所は、商店街の北端手前付近。今はスーパー「Big-A(ビッグ・エー)」が足元に入居するマンション建物になっているところです。

映画館が開館したのは1924年で、1961年に閉館しています。大衆娯楽として映画館があちこちにあった時期に商店街が橘館とともに発展した経緯もあって、通称で「橘館通り」と呼ばれていたことが由来のようです。こちらにも、映画が取り持つ不思議な縁を感じますね。

巨大なすべり台がシンボルの公園

春の陽気を楽しむため、商店街でテイクアウトしたものを近くの「京島南公園」でいただくことにしましょう。1963年にオープンした区立公園で、巨大なすべり台に圧倒的な存在感があります。

京島南公園

▲まるで東京スカイツリーからすべり落ちてくるみたい。おもしろいアングルです。

京島南公園

▲シンボルのすべり台を眺めながら、遅めのおやつ。「ハト屋パン店」でテイクアウトしたコッペパンサンド「あんバター」(250円)とホットコーヒー(容器代含め250円)をいただきました。

京島南公園

▲桜の花をアップにすると、巨大すべり台がぼんやりとしたシルエットで後方に浮かびます。

夕暮れ時になると、公園で元気に遊んでいた子どもたちも、それぞれ家路についていきます。春とはいえ、まだ〝花冷え〟する時季。温かい食べ物が恋しくなってきました。

さんぽの仕上げも近くのお店で・・・

商店街に戻ってメイン通りを歩くと、北側の端は明治通り。こちらに沿った幾つかのお店も商店街のメンバーです。古い長屋建物の一角に進出したのが「おでんスタンド十(じゅう)」。今日は、こちらでさんぽの仕上げをします。

おでんスタンド十

▲築100年近くの古い長屋建物の一角です。開店したのは2021年5年。コロナ禍も何とか乗り越えました。陽気のよいときは入口の戸を開け放して、換気と開放感の一挙両得。ノレンの真ん中は、おでんのダイコン(の切り口)。おでんの主役の1つをイラスト化したものです。

おでんスタンド十

▲古い建物の雰囲気を残した店内は、昭和レトロとおしゃれなテイストがほどよく融合しています。もともとのお店は、氷屋だったそうです。

「浅間山」の純米吟醸うららか生酒

▲おでんといえば、やっぱり日本酒! 「浅間山」の純米吟醸うららか生酒(650円)は、爽やかな口当たりでした。

おでん

▲個別オーダーしたおでん。上から時計回りに、餅チーズ巾着、芽キャベツ、煮たまご、ちくわぶ、です(計810円)。「ちくわぶ」は、ちくわの形をした小麦粉練り製品。東京では普通のおでんタネですが、他エリアの人からは、見た目・食感とも風変わりな存在だと指摘されることもあります。

アンルット・プーラペロ(プールアペロ)2021

▲日本酒以外のお酒の品揃えが充実しているところも、このお店の特色です。2杯目は、ナチュラル(オーガニック)ワインの白「アンルット・プーラペロ(プールアペロ)2021」(900円)を。すぐ近くの、別の長屋建物の一角にあるワインショップ「アペロ」から仕入れています。両店とも、同時期に当地へ進出した〝商店街同期〟のようです。

こちらでは、普通のおでんのほか「リニューおでん」にも力を入れています。例えば「ロールキャベツ麻辣」など。従来の和風の枠にとらわれない〝リニューアル〟した中身と味といったところでしょうか。次の機会に是非、挑戦してみたいと思いました。

花風

今日のさんぽ を振り返って

今日は、懐かしい昭和の雰囲気があちこちに感じられる街をじっくりと巡りました。まるで映画のセットでも見ているかのような光景もあったし。でも、地元の人びとの普段の生活を支えてくれる商店街は、元気で頼もしい存在なのだと実感できました。

そして、すみだの地が実は日本の映画の発展に大きく貢献した時代があった。そんなことも再発見できました。大きなスクリーンで迫力ある音響とともに観る映画は格別です。久し振りに映画館へのお出掛け、いかがでしょうか。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
ハト屋パン店
東京都墨田区京島3-23-10
TEL:03-4288-8918
営業時間
(月曜~木曜) 6:30~16:00(売り切れまで)
(土曜・日曜)10:00~17:00(売り切れまで)
定休日:金曜
※営業時間・定休日は変更となる場合あり。来店前に要電話確認。

おでんスタンド十(じゅう)
東京都墨田区京島3-20-9
TEL:03-6876-6972
営業時間
(水曜・木曜)17:00~22:00(L.O21:30)
(金曜)   17:00~22:30(FOOD L.O22:00)
(土曜)   16:00~23:00(FOOD L.O22:30)
(日曜)   16:00~22:00(L.O21:30)
※いずれも早締めの場合あり。予約なしで来店するときは事前に要電話確認。
※いずれもまれに臨時休業の場合あり。
定休日:月曜・火曜

【参考】
高松プロダクション・吾嬬撮影所跡(案内看板)
東京都墨田区京島3-62-19

京島南公園
東京都墨田区京島2-20-17