【第7回】誰でも知っている あの作曲家と小説家。2人の意外な結びつきとは?

かなり春めいてきました。隅田川沿いの桜が開花するのも、もうすぐですね。そんな情景から真っ先に連想されるあの曲を手始めに、いろいろな結びつきを確認しながらさんぽしてみましょう。

隅田川の春といえば、あの曲

今日は浅草駅からスタートします。隅田公園(台東区側)を北に向かって歩いて10分足らず、公園内の一角に、こんな碑がありました。

碑

▲唱歌「花」は、東京音楽学校(現・東京藝術大学)の武島羽衣(教授)が作詞、滝廉太郎(助教授)が作曲して1900年に誕生。この歌碑は1956年に建てられましたが、ここから隅田川を眺めることはできません。

「♪春のうららの 隅田川♪」。多くの人から親しまれている名曲は、墨田区「区民の愛唱歌」にもなっています。ちなみに、墨田区「区の木」はさくら、「区の花」はつつじです。

ここから隅田川沿いに出て北に少し進むと「桜橋」があります。隅田川に架かる唯一の歩行者専用橋。墨田区と台東区の姉妹提携事業(費用も両区で折半)として1985年に完成しました。両岸の隅田公園を結んで、満開の桜ほか季節ごとに移りゆく風景を楽しめるスポットになっています。

台東区側からの桜橋

 ▲台東区側からの桜橋。上から見るとX字形をしたユニークなデザインです。東京スカイツリーが周辺のランドマークであることを改めて実感できますね。

ユリカモメ

 ▲この辺りには、ユリカモメがたくさん飛び交っています。人なれしているのか、カメラを向けるとまるでポーズをきめてくれたかのよう。ユリカモメは、東京都「都民の鳥」に指定されています。

開放的な風景で、心もウキウキ。「♪春のうららの 隅田川♪」〜思わず小声で口ずさんでいました。そして桜橋を渡ると、永井荷風さんもこよなく愛した墨堤のエリアです。(これから同時代の音楽家や小説家とともに荷風さんの名前もたくさん出てきますので、バランス上、荷風さんの「さん」を以下では省略します)

あの作曲家と小説家の意外な共通点

隅田川を描写した唱歌「花」を作曲した滝廉太郎。そして、隅田川やすみだの地にちなんだ作品をたくさん残した永井荷風。「隅田川つながり」が感じられます。

でも代表作は、廉太郎が清澄な唱歌たちなのに対して、荷風は世俗的で艶っぽい小説群。また、音楽一筋の廉太郎は23歳で亡くなりましたが、荷風はさまざまな経験を重ねて79歳まで長生きしています。かなり対極的ですね。

ところが、2人には共通点もいろいろあります。実は、同じ1879年生まれ。廉太郎8月、荷風12月ですから、まったくの同学年。ともに東京生まれ。そして父親が官僚(ともに一時期は旧・内務省勤務)だったところも同じです。

しかし、その後2人はそれぞれの人生を歩んでいます。父親の転勤で地方を転々とした廉太郎が東京音楽学校に入学したのは1894年。1901年から1902年にヨーロッパ留学して帰国した後、1903年6月に亡くなっています。

一方、東京で勉学を続けた荷風は、廉太郎が東京に戻った1894年に病気のため1年休学。その後折々に放蕩生活をして1903年9月にアメリカへ出発。生前の廉太郎との直接の接点は確認できません。

このように、2人の軌跡は交じり合うことはなかったようです。しかし、実は2人は時空を超えてつながっていた。そんな風にも思わせてくれるのが、あの人物です。そのゆかりの地を訪ねてみましょう。

まずは、こちらに寄り道

その前に寄り道します。桜橋を墨田区側に渡ってちょっと歩くと「長命寺桜もち」(山本や)があります。すぐ近くの「言問団子」と並んで、墨堤の代表的な和スイーツのスポットです。

長命寺桜もち

 ▲「長命寺桜もち」の外観。入口のノレンに歴史を感じさせられます。

桜もちはテイクアウトもできますが、今日は、店内で日本茶とのセットを。

「召し上がり」セット、500円(税込み)

 ▲「召し上がり」セット、500円(税込み)です。

店内には、緋毛氈(ひもうせん、上の写真のような色合いです)が敷かれた大きな座席1つと椅子が何脚か。各自ここに座って、いただきます。壁には江戸時代の当店の姿を描いた絵も飾られ、往時の墨堤の賑わいが偲ばれます。

塩漬けされた食用桜葉

▲桜もちは、塩漬けされた食用桜葉(伊豆松崎産)3枚で包まれています。3枚ともはがして食べるのが、お店のおススメ。私は1枚だけ残しておもちと一緒に食べてみました。ほどよい甘さとちょっぴり塩味が、なかなかのバランスでした。

ひと休みしてリフレッシュ。さあ出発しましょう。

幸田露伴が、滝廉太郎と永井荷風をつなぐ存在。そのワケとは?

しばらく歩いて着いたのは「露伴児童公園」。住宅街の一角のここは、その名のとおり、明治の文豪の1人といわれる幸田露伴にゆかりのあるところです。

露伴児童公園

▲公園の中には、幸田露伴文学碑(左)、「蝸牛庵物語」解説パネル(右)、カタツムリの可愛いオブジェ(中)が設置されています。カタツムリは、漢字で書くと「蝸牛」(かぎゅう)です。

蝸牛庵物語

▲「蝸牛庵物語」解説パネルの1枚。露伴は1908年から1924年の16年間をこの地で暮しました。転居を重ねた露伴は自らの姿をカタツムリに例えて、歴代の住居をみな「蝸牛庵」と呼びました。すぐ近くにあった前居の蝸牛庵建物(借家)は、明治村(愛知県犬山市)に移築保存されています。

以下、登場する各人物の年齢差がわかるように、それぞれの生年を補記しておきます。では、まず幸田露伴(1867年生)と滝廉太郎(1879年生)の関係から。

廉太郎と露伴の接点は、幸田家の延(のぶ、1870年生)と幸(こう、1878年生)。露伴の2人の妹です。延は、東京音楽学校で廉太郎を指導した音楽教育家。幸は、同校で廉太郎の2学年先輩で天才バイオリニストとして評判も高く、音楽家・廉太郎の成長に大きな影響を与えたといわれています。廉太郎は幸田家(露伴の実家)を訪れたり、幸とテニスや五目並べで遊ぶなど親しく交流していたようです。露伴とも面識があったかもしれませんね。

一方、永井荷風(1879年生)は、「明治の文学者にして其文章思想古人に比すべきもの露伴鷗外の二家のみなるべし」(『断腸亭日乗』1924年3月18日)と露伴を絶賛しています。荷風は、森鷗外(1862年生)とは多くの交流がありました。しかし露伴とは、意外にも直接の接点は終生なかったようです。2人は奇しくも1946年1月のほぼ同時期に市川市の菅野地区に移り住み、お互い近くにいたのですけどね。

幸田露伴とその妹たちを軸にして、直接ではないけれど廉太郎と荷風がつながっている様子。上記のような感じです。露伴児童公園から少し歩くと、東京都立墨田川高校(旧・東京府立第七中学校)があります。「♪隅田の川は吾が師なり♪」で始まる同校校歌の格調高い歌詞も実は、露伴の作です。

〝ポツンと一軒家〟のような酒場へ・・・

さんぽの仕上げに訪れたのは、曳舟駅と東向島駅の間、どちらからも少し歩いたところ。曳舟川通り沿いに〝ポツンと一軒家〟のようにある大衆酒場「岩金」です。

岩金

▲「岩金」の外観。創業1949年の老舗です。写真奥のマンションをはじめ、通り沿いにマンション・ビルなどが建ち並ぶ中、このお店だけ「昭和レトロ」のオーラを発しているよう。この日はノレンが店内にしまわれていますが、ちゃんと営業していました。
店内は、外観ともども昔ながらの風情にあふれています。開店と同時に地元の常連さんたちが入れ替わり立ち代わりにやってくる繁盛店です。

岩金

▲テーブル席もあるけれど、L字形のカウンター席がメイン。コロナ対策のシールド越しですが、手際よく料理やお酒を出してくれる熟年女性スタッフさん(3名〜4名いらっしゃいます)と常連さんたちとの会話があちこちで弾んでいます。

お酒はやっぱり、下町名物の「ハイボール」(焼酎ハイボール、380円)をいただきましょう。こちらでは、「氷あり」と「氷なし」を選べます。

下町名物の「ハイボール」

▲私は「氷なし」に。コップと炭酸水が別々に出されます。琥珀色の液体の中身は、甲類焼酎(無風味)+無果汁の梅風味シロップ+レモンスライスです。

下町名物の「ハイボール」

▲炭酸水を全部注ぎ入れるとハイボールが完成します。

つまみは、取りあえずポテトサラダとハムカツにしました。

ハム厚めのハムカツ

▲こちらは、ハム厚めのハムカツ。ほどよい量で350円とお手頃です。

こんなユニークな一品もあります。

もんじゃグラタン

▲下町らしいB級グルメが、「もんじゃグラタン」(480円)に大変身! アクセントに立てられた炭酸せんべいと添えられたヘラが、いかにも「映え」ますね。

お店スタッフとお客さん、あるいはお客さん同士。取りとめもなく楽しそうな会話で店内はザワザワ。でも、決して耳障りではない。こんな雰囲気が大好きです。気がつくと、ハイボールのお代わりが進んでしまって・・・。名残惜しいですが、そろそろ帰ることにしました。

花風

今日のさんぽ を振り返って

これから春が本格化します。隅田川の春の情景を象徴する名曲「花」を口ずさみながら、桜咲く墨堤を歩いてみるのも楽しいでしょう。墨田区では「花」が「区民の愛唱歌」で、「区の木」がさくらであることを覚えておくと、感慨もひとしおかもしれません。では、皆さんまたお会いしましょうね・・・。

【お店情報】
長命寺桜もち(山本や)
東京都墨田区向島5-1-14
TEL:03-3622-3266
営業時間:8:30〜18:00
定休日:月曜

岩金
東京都墨田区東向島6-13-10
TEL:03-3619-6398
営業時間
(水曜〜土曜)17:00〜23:00
(日曜・祝日)17:00〜22:00
定休日:月曜・火曜

【参考】
「花」歌碑
東京都台東区浅草7-1 隅田公園(台東区側)内

露伴児童公園
東京都墨田区東向島1-7-11